るる くんです

AI生成画にハマりかけてるおじさんです。 おじさんだって可愛くなれる

番外 「自分は何者?」 ちょっと長め

 先ほどまで離れた娘とLINEで話していました。

以前も紹介記述した内容にも続きます。

娘との会話 - るる くんです (hatenadiary.jp)

最初は寒波厳しくなったので、里帰りというか遊びに来るのは

弱まってからじゃないと、山の峠越えは路面も凍って危ないと、

年明けの穏やかになった三が日明けに二泊で、

ゆっくり予定しなさいに決まりました。 パチパチ🎉

 

 ここでの内容については一部しか話してません。

謂わば おとんからの逆カミングアウトなのです。

と言っても最近にAI生成画にハマってて、その一環で女性になった画像は

いくつかは送ってました。 案外嫌われそうなくらい頻繁にです。

作画が進化したよで次々と。笑

 

 娘からの話はうちの姓の由来からです。

先妻との娘で離別したのが彼女が小学4年の時でした。

なので私の姓や親戚関係などは詳しく知らずでしたね。

自分の姓の本家は何処で、亡くなった母(彼女のおばあちゃん)の親戚筋

などをこちらも想い出しながらLINEに送ってました。

母や本家のおばあちゃんらが亡くなってからは、私自身も疎遠になっています。

(自身の逃げ性も有り、反省するところです)

 

 一通りに説明終わると、最初に建て住んだ家のことや、その時分についてでした。

何故にその家を捨て(笑)、次へと移ったかです。

私はIC製造工場で技術者として勤めていました。

プロセス技術ではなく、生産設備のエンジニアです。

その生産設備にて、貴金属であるプラチナを含む廃残物が発生します。

当時なので会社側がしっかりと、その中から貴金属分を回収してるかは、

確証は無いけど、ただ回収業者にて処理してもらってただけと思います。

 時代的にはバブルのまだ前の話です。(当時でも3000円/g くらいかな)

 

ICウェハーを載せるパレットや、設備内部の各カバー類には、高純度・高含有の

プラチナ廃材が付着し、3か月くらいで取り出しては、

サンドブラスターで綺麗に取り除きます。

その残り砂を業者へ任せてたようです。

 

回収の効率アップ、高還元化を提案で会社へは進言していましたが、

実際には対応はありませんでした。

 そこでその方法で、割と簡単に取り出したプラチナ廃材を集め保管し、

1kg近くを大手の貴金属店で検査と現金化したのです。

ここで十分に横領罪になると思います。

持ち込んだ廃材は  その時々で純度含有率は変わります。

それでも田舎の家1件 建つくらいの金額にはなってました。

まだ若かったアラサーの20代でした。

若気の至りで話してた人も居ましたし、貴金属店側か知りませんが、

会社へ持ち込まれたチクリが入りました。

 

相違ないことを認め、現金化した一切を返却すれば「諭旨免職」に済ませるで、

合意してその会社を退職しました。

 

娘も今になっての告白に、さぞかしの驚きだったでしょう。

それだけではない次の告白もあって、濃~い話ばかりの一日でした。

 

このまま分けずに次の告白を書き綴ります。

ここの書き物は、自分に対しての終活のような意味合いも含まれるからです。

 

 その件があって、4年くらい後には別の田舎地方都市で2軒目の戸建て住宅を

持つように時代のおかげもあって頑張れていました。(所謂バブル期)

最初の家の頃からも女装癖はありました。

少しずつ買いそろえた化粧品や服などを車の中で変身しては満足でした。

大丈夫かなと妙な自信だけでデパートウィッグ売り場へ買い求めたりで、

販売員のおばさんと懇意になってきました。

 かぶってみてアレンジ依頼したりで、そこでいつも相談と購入でした。

いまだったらお安く数千円くらいで色々試せそうですが、

当時のものは安い化繊もので1.5万円~って感じだったかな。

 

アレンジや長く安心に使いたいので、人毛やそれに近いもので

所有の満足感ありました。

所有の満足感・・ほかでも趣味のコレクションに、そしていまならPCパーツなど、

持つ嬉しさは変わらないと思います。笑

 

当時のウィッグです

男性として中肉中背、169cm 62kgと女性のようにはダイエット頑張ってないので
お見苦しいのはご容赦を。

 

 

2軒目に家でも落ち着いて仕事に励み、ときどき車中やラブホで独りで変身や

メイク練習に遊んでましたね。

女そのままに行けるスナックに通ったり(行けるというか無理矢理に行ってただけ)、

当時のプロ野球ダイエーホークスの応援も女装で行ったりも数回ありました。

写真は当時のもので写真館でお願いしました。

いまなら大都市には専門のプロのメイクやコーデ監修の女装サロンも

多くありますね(羨ましいです)

こんなことも先妻には二度目のバレになって、、私自身も追いやられる気持ちへと

変わっていきました。

 一度目のバレは最初の家でした。 大袋に詰めた女装一式は捨てざることになって

やめることも決意はしましたが、ごたごたもあり暮らし向きが落ち着くまでは、

女装の気持ちさえ、お札を貼って封印でしたね。

 さすがに2度目になったら封印しても気持ちの行き違いは

歩み寄れるものではありません。

そのような書き方すれば、私自身だけが悪くはないと言ってるようなものです。

先妻が固い人だったかもしれませんが、あくまでも私自身が説得も出来なかったので

非はこちらにあります。 それだけは申し訳なかったと今でも思っています。

 

こんなあたりのことを掻い摘んではいますが娘にも話しました。

聞かされたほうは、すっごい迷惑なことも省みず。。

 

このように書いて詫びをしました。

「あなたには大感謝です。 娘とこんな会話出来たことだけで心休まる気分です。

 変な親父に付き合ってくれてありがとうね。」

 

 

 

娘から返ってきた一言に泣きそうな一瞬でした。

 

『私も大感謝です
友達以外にこんな話ができるなんて(笑)』